YAN鐵 東野田軽便鉄道 

HOナローのスクラッチ車両とセクションレイアウトを御紹介しています。 (東野田軽便鉄道は架空の鉄道会社です)

(セクション) 旭町停留場

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旭町停留場

旭町(あさひちょう)停留場は,野田町駅から数えて3つ目にある簡易駅になります。
開業当初は列車同士が交換できる様に,2本の線路とホームがありましたが
現在ではその設備は撤去され,単線ホームになっています。また単線化された際に
駅から停留場扱いになりましたが,駅名看板は ”旭町駅” のままになっています。
嘗ての構内踏切に続く導線は,今は資材置き場として使用しています。

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(管理人談)

鄙びた停留場が欲しくなったので制作してみました。
車両の撮影も兼ねてますのでホームの向かいには,なるべく障害物を置かない様に
しました。土のままのプラットホームの制作は今回が初めてだったので,どうなるのか
ちょっと不安でしたが,思ったよりも自然に出来上がったので満足しています。

今回1番面倒だったのが実は線路でした。今回もトミックスのNゲージの道床線路
を使っているのですが,枕木を1本ずつ彫刻刀で削り取って間隔を開けて
軽便鉄道の線路っぽくしてあります。こちらも思った以上に良い感じになりました。


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その他の画像は こちら で御紹介しています。




 

キハ54

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キハ54は全長8mの単端型気動車で,キハ7と同じエンジンを搭載しています。
カラーリングは塗色自由化の第1陣として,ミディアムブルーになりました。
車体には各箇所に個性的な部分が見られますが,最大の特徴は側面窓上にある
明り窓がある事です。また運転台が中央に設置してあるのも唯一の存在です。
またこの車両から側面に広告表示板が取り付けられました。

kiha54 (6)


(制作者あとがき)

今回から気動車に関しては塗装フリー化を取り入れる事にしました。
1つのパターンに拘らず,色んなカラーリングを楽しめたら良いなと思ってます。
また地方鉄道などで見られる広告板も貼ってみました。実際の軽便鉄道では
稀なスタイルですが,私的にはそんなに違和感を感じませんでしたのでOKです。
車体は折り妻・副灯・明り窓の採用など,個性豊かな感じにしてみました。 
 

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その他の画像は  こちら で御紹介しています。

また 雑記録 も更新しています。宜しければドウゾ。

 
 

大阪の103系アーカイヴス(阪和・奈良線編)

103b (1)

阪和線の103系も長きに渡って活躍した御馴染みの線区でした。
他線区の103系と違って前面に形式番号がありませんが,前回御紹介したトップナンバーも
晩年はここ阪和線で活躍してその終焉を迎えました。因みに画像の103系は2番です。

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阪和線の車両は比較的,初期に近いナンバーが集結していました。
車両ファンには嬉しい事ですが,要するにお古で後回しにされてたという訳です。

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こちらは先頭パンタが目印のクモハ編成です。
阪和線で唯一のHゴム支持を持つ車両として,そこそこ有名な車両でしたね。

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阪和線も和歌山県に近くなると山間の緑豊かな場所を走ります。
通勤型がこの様な場所を走ると,いつも何だか違和感を感じてましたね。

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変わりまして今度は奈良~京都を結ぶ奈良線の103系です。
随分前からウグイス色の103系が活躍していますが,今も現役なのが凄いです。

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奈良線は元々は全線で非電化の単線区間だったので,周りの景色もどちらかと言えば
長閑で広々とした印象があります。こちらも阪和線同様に通勤型が似合わない
雰囲気なのですが,何故か私的には妙にシックリ来る気がしています。

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宇治川橋梁を渡る103系も,いつまで見れるのでしょうかね?

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京都駅を出発する103系普通電車です。奈良線では近年,区間の複線化や
阪和線からの転入車などでその姿を刻々と変えようとしています。
103系も今の所は安泰ですが,そう長くも活躍できないでしょうね・・・。

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さて2回に渡って御送りした大阪の103系特集でしたが,如何でしたでしょうか?
103系の存在は大阪のみならず,首都圏や都会では当たり前の電車でしたが
今やその歴史にも幕を下ろそうとしています。何時の時代も世代交代や進化は
ありますが,やはり何気ない普段の姿を記録しておくべきだと改めて思いました。

葬式鉄とか駆け込み撮影なんて,余裕がなくて私は嫌いです。

大阪の103系アーカイヴス(環状線編)

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国鉄型103系の楽園だった関西地区も今や風前の灯火という感じです。
大阪環状線や阪和線から消滅して久しいです。今回は103系が未だ現役バリバリ
だった2006年頃の画像をアーカイヴします。彼此12年前ですか・・・

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体質改善工事は行われてますが,トップナンバーも現役で活躍してました。
現在は京都の鉄道博物館に保存されてると聞きましたけど・・・。

loop (2)

通勤型電車の決定版という事もあってか,最盛期は3000両を越える大所帯でした。
長期間に渡って製造されたので,そのバリエーションも豊富です。

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0番台や100,500番台は原形に近い姿で活躍していました。

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1971年から製造されたグループは,若干のマイナーチェンジが行われていて
客室窓がユニットサッシ化されたり,ライトが最初からシールドビーム2灯で登場。
いわゆる ”ブタ鼻ライト” と呼ばれた形式ですね。

loop (6)

前面運転窓が高窓化されたグループは最晩年まで残った形式でした。

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奈良区から乗り入れしてくるウグイスの103系もありましたね。
こちらは4+4両だったので,先頭車同士が連結された姿が特徴的でした。

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西九条駅から分岐する桜島線も,USJが開園した際に ”ゆめ咲き線” と名前を
変え,そこを走る103系も一部の編成がUSJ仕様にラッピングされました。

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桜島線は貨物運用がありますから,こんな並びも実現しています。
今じゃ凄いツーショットで大騒ぎになるんでしょうけど,これが日常でした。

10年位前だと 大阪環状線=オレンジ色の103系 なんて当たり前だったので
当時は当然何とも思わなかったんですけど,こうやって改めて画像を眺めていると
長い間,大阪の地域に根付いた庶民の電車だったんだと,しみじみ感じましたね。
大阪在住なんだから・・・と思い,大阪の顔とも言える103系を撮り続けて来ました。
長い事記録してたお陰で色んな思い出のシーンが焼き付いています。

・・・と言う事で明日は 阪和線・奈良線編 を御送り致します。

 

ハフ39

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ハフ39は片側に車掌室を持つ全長8mの客車です。
全体的な構成は既出の ハフ38 と同じなので同形式を名乗っていますが
ボギー台車ではなく,2軸になっているのが特徴です。しかし特別仕様の担いバネの
お陰で乗り心地は然程悪くありません。屋根はハフ38と違って鋼体製になっています。 
 

(制作者あとがき)

ずっと昔から余っていたTOMIXの2軸気動車の下周りを再利用しました。
元が気動車の下周りですので,どうしても床下の出っ張りがありますが
独特の2軸具合が異彩を放ってて面白い仕上がりになりました。 
 

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その他の画像は  こちら で御紹介しています。

また 雑記録 も更新しました。 宜しければドウゾ。

 

ハフ7

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ハフ7は片側にデッキを持つ客車です。製造当初は両端にデッキがありましたが
事故の為,大破したので新たに側面を改造,乗降扉を増設しました。
屋根も一部が破損したのでダブルルーフを廃して形のみとなっています。
 

(制作者あとがき)

制作の際に大破した訳ではなく,そう言った演出で作りました。
客車でもちょっとした異端児っぽい車両を導入したかったもので(笑)・・・。 
この車両は中間車扱いにも出来る様に,両端をアーノルドカプラーにしてます。 
 

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その他の画像は  こちら で御紹介しています。

また 雑記録 も更新しました。 宜しければドウゾ。



ハ44

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ハ44は両端に簡易的なデッキを持つダブルルーフ車になります。
車端になる時の為に,円盤付きのテールライトを装備していますが中間車扱い
になっています。全長は長い目ですが意外と店員数は多くない様です。 


(制作者あとがき)

新塗装でのダブルルーフ車の増備です。
両端を鉄板で塞いだ仕様を見た事があるので取り入れてみました。
ぱっと見でドアがない感じに見えるのが如何にも軽便風で良い感じです。 
 

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その他の画像は  こちら で御紹介しています。

また 雑記録 も更新しました。 宜しければドウゾ。

 

7形気動車

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7形気動車は全長が6mの小型単端で,当鉄道では唯一の側面扉が1枚の車両です。
運転室部分が僅かに窄まった形状になっている事や,下回りの全周を鉄板で覆った姿
が特徴です。他の車両よりも輸送力が劣るので,現在は支線の限定運用になっています。
普段は単行運転ですが貨車を牽いての貨物運用もあります。

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(制作者あとがき)

網島支線専用と言う事を前提に制作しました。
なるべく古典的な姿になる様に心掛けました。元祖単端という感じでしょうか?(笑)。 
そんな意味も込めて各箇所に本線用とは違う造形にしてみました。 
 

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その他の画像は  こちら で御紹介しています。

また 雑記録 も更新しています。宜しければドウゾ。 

 

ハ60

(お知らせ)

当鉄道の概要を大幅に変更しました。 こちら で御案内させて頂いてます。


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ハ60は7m級の車体長を有するボギー客車になります。
屋根は当鉄道では少数派の鋼板製で,妻面片側に簡易車掌室があります。
また乗降口の幅が他の客車と比べ,やや狭いのが特徴です。 


(制作者あとがき)

何処にでもありそうな,全体的に特徴の薄い雰囲気を目指しました。
双方向の連結が可能になる様に,どちらともアーノルドカプラーにしてあります。
 

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その他の画像は  こちら で御紹介しています。


また今回から新しく 雑記録 というコーナーを新設しました。
特にカテゴリーを限定せず,好き勝手に様々なものを掲載して行きます。
(YAN鐵コラムは終了とさせていただきます) 


40形気動車

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40形は18m級の両運転台車の気動車を切断して改造された車両です。
前面は緩いカーブがあり,旧気動車時代のイメージを残しています。
ブツ切りされた後面は平面で作られましたので特異な形状になりました。
全長は6.5mで側面扉が2枚という,当鉄道の新標準仕様車です。 


(制作者あとがき)

一般的な両運転台のディーゼルカーを単端にしたら,どうなるんだろう?
と思って作った車両です。まぁ要はエンジンが何処に搭載されてるかの違い
なんだなぁと思いました。でも車体は進化ではなく退化してますけどね(笑)。 
模型ならではの遊び方と言うか,模型だからできる芸当かも知れません。 

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その他の画像は  こちら で御紹介しています。

 

(簡易セクション) 小さな鉄橋

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前回制作したミニレイアウトで余った人工芝を活用して小さなセクションを作りました。

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今回は車両撮影用のミニジオラマとして制作しています。
ですからタイトルにもありますが,細かい表現は省略して手軽に運べる様に
簡易的な造りとしました。大きさは縦20cm横40cmほどのミニサイズになります。

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設定としては低い鉄橋が架かってますが,万年水量が殆どない川で
雑草が生い茂るローカルなワンシーンと言った感じでしょうか?
殆どが人工芝で埋め尽くされたセクションですが,思ったほど違和感もなく
むしろ模型的には良い塩梅の密度になったと思います。

凝ろうと思えば色んな部分に手を入れる事ができますが,逆にいえば
この程度の出来でも,そこそこの雰囲気は味わえるものなんだと思いました。


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車両とコラボした画像は  こちら で御紹介しています。


 

懐かし写真 (国鉄編PART.2)

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初代マンモス機として活躍した2両永久連結のEH10型機関車です。
真っ黒のボディに黄色のラインが異彩を放ってました。

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急行 ”きたぐに” の客車時代です。牽引しているのはEF58-35号機。
旧車体に運転台を取り付けたので,側面窓が7枚のままという有名機でした。 

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言わずと知れたロイヤルエンジンの61号機です。ううむ・・・格好良い♪
当時はこの ”つばめ” を始め,色んなイベント列車が運転されてましたね。

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国鉄初の併結ヘッドマークを掲げた寝台特急 ”明星・あかつき” 号。
”明星” が好きだった私には実質的には減車ですから,複雑な心境でしたが・・・。

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鳥栖で発車を待つ寝台特急 ”明星” 号です。 ”明星” の単独編成は
鳥栖駅以南になりますので,この単独HMは貴重でした。
廃止前にどうしても撮りたくて,わざわざ泊りがけで訪問しました。

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京都駅山陰ホームの留置線に停車中の急行 ”丹後” です。
キハ58系の長大編成が素晴しいです。当時の急行では当たり前の長さでしたけどね。

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高松~高知を結んでいた急行 ”土佐” 号です。
四国のDC急行には全列車に愛称HMが付いているのが通例でした。

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福知山・山陰線経由で博多までを結んでいたDC特急 ”まつかぜ" 号です。
母の田舎が島根県益田市なので,家族でよく利用させてもらいました。
13両編成は今見ても圧巻ですね。キハ82系・・・大好きです。

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大阪駅では寝台特急 ”日本海2号” と並ぶのが名物でした。
24系24型オハネフのゴチャゴチャしたジャンパ栓が格好良いです。

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ラストは小郡(現新山口)と出雲市を結んでいたDC特急 ”おき” 号です。
キハ82系とは違った厳ついマスクが格好良かったですね。
トミックスで発売された時はすぐに買っちゃいました(笑)。


未だ未だ懐かしい写真のストックがありますので,折をみて発表させて頂きます。
こんな良い時代をリアルで体験したんですから,その模型が出たら欲しくなるのも
頷けますよね。まぁ・・・今となっては1から揃える勇気はないのですが(汗)。

 

懐かし写真 (国鉄編PART.1)

国鉄時代の写真は膨大にあるので抜粋するのに苦労しました。
という事で2回に分けて御紹介します。

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大阪住まいの者には485系といえば ”雷鳥” がメジャーな列車ですが
私は断然 ”白鳥” が好きでした。大阪を10時10分に発車するのを覚えています。
大阪~青森を駆け抜ける姿は,まさに渡り鳥のネーミングがピッタリです。

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1983年に名古屋で見た臨時の ”しらさぎ号” は珍しいボンネット先頭車でした。
JR化後,随分経ってからイラスト入りで復活してましたね。

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振り子式電車の元祖といえば318系です。 ”しなの号” は1本だけが
大阪までロングラン運転されてました。貫通扉がある0番台は懐かしい御顔です。

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昔は客車に混じって寝台電車も運行されてました。関西地区で見られるのは
写真の ”彗星” のほか, ”明星” や ”なは” , ”金星” などがありました。
また昼間は ”雷鳥” で間合い運用されていたのも御馴染みでした。

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因みに非常に短期間ではありましたが,この様な運用もありました。
いわば ”雷鳥” の夜行版ですね。急行券で乗れるのが嬉しかったです。

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こちらは定期運行の急行 ”立山号” です。10両という長大編成も然ることながら
457系が大阪まで顔を出していたなんて,今思うと凄く貴重なカットです。

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名古屋と大阪を結ぶ名門急行 ”比叡” も何とか生き残ってました。
随分数を減らしましたが153系も未だ元気に走ってましたね。

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シティライナーの愛称で親しまれた117系のデビューは衝撃的でした。
国鉄型を脱したデザインに興奮したものです。KATOさんフルリニューアルを!!


・・・と言う事でPART.2に続きます。(PART.2は明日更新します)


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YAN鐵コラム も更新しました。 宜しければドウゾ 

 

懐かし写真 (関西私鉄編)

暑過ぎて車両制作が捗りません・・・(汗)。
と言う事で,今回は私が大昔に撮影した関西の私鉄電車を御紹介します。
撮影の腕前は素人ですので御勘弁の程を・・・(笑)。

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京阪電鉄1900系は私が1番好きな形式でした。Wヘッドマークが誇らしげです。
”ひこぼし” の運用に入った時は,心臓がバクバクモノでしたね(笑)。

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同じ1900系でも1914Fは御覧の角目ライトが特徴の異端児でした。

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3000系は3+3両の頃から頻繁に乗ってたので,もはや居て当たり前の形式でした。
京阪特急といえば,やはり3000系のテレビカーでしょう。

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阪神の3000形もまさに ”THE HANSIN” というスタイルでした。

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嵐山線の運用に入る2300系です。阪急電鉄のカン付きは消滅しましたね。
2300系は先頭の2丁の大型パンタが格好良くて好きな形式でした。

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南海電鉄はズームカーの愛称で知られる21000系が大好きでした。
真夏の高野線に何度も足を運んだ思い出があります。暑かったなぁ・・・(笑)。
湘南顔のスタイルは昔はどの会社にも居ましたが,もはや風前の灯です。

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こちらは国鉄キハ55に準じた仕様の南海キハ5500系です。
”南海きのくに” と呼ばれてました。末期だったのでHMが無いのが残念・・・。

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ラストは近畿日本鉄道から。18000系は奈良線の小さな断面のトンネルに
対応した特急車両で,御覧の様にスマートな顔立ちが特徴の車両でした。

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新エースカーの名前を持つ11400系。丸いライトの古風な御顔が好きでした。
10100系のスタイルを最後まで継承する車両でしたね。


こうやって眺めてると,どれもが名車と呼ぶに相応しい車両ばかりでした。
当時はただ漠然と撮影してましたけど,今思えば良い時代を過ごせた気がします。
1番驚いたのがその殆どの車両がNゲージ鉄道模型で発売されてる事です。
1900系の通勤型や11400系辺りが出れば,Nゲージを再開させるかも知れません(笑)。


・・・という事で次回は国鉄編を御送り致します。

 

ハ38

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ハ38は全長7mで乗降扉を2箇所設けた客車です。
当鉄道では客車としては,デッキがない仕様ですが使い勝手が良く
どんな組み合わせの編成にも対応できるのが重宝されています。 


(制作者あとがき)

まぁ何て事はない普通の軽便客車です(笑)。
また新塗装車両からは手摺を金属からプラへ変更,形状もレリーフ状にしました。
プライマーを塗っても塗装が剥れるのと,見た目をシンプルにしたかったからです。 

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その他の画像は  こちら で御紹介しています。



10形気動車

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10形は従来の気動車の強化増備の為に,客車を改造して作られた車両です。
客車時代の車体をそのまま利用しているので,車幅が他の車両よりもやや短かく
全体的にスマートな感じに見えるのが特徴です。それでもエンジン出力は40馬力と
強化されていて客車なら3両まで牽引できます。無骨なスタイルで人気があります。


(制作者あとがき)

本文では客車を改造・・・と書いてますが今回も実際は新造です。
リベットを多目に施した無骨な感じにしたかったのですが如何でしょうか? 
車体幅も少し短くして,編成時に凸凹が強調される様にしてみました。

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その他の画像は  こちら で御紹介しています。



 

20形気動車

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20形気動車は元々在籍していた キハ3 の車体を大改造して誕生させました。
車体長を5.2mから6.6mへ延長し,乗降扉を2箇所設けました。
またエンジンも新たな物を乗せ,35馬力から50馬力へ出力アップされてます。
キハ3時代に外付けだったヘッドライトは埋め込み式に変更されました。
今回から外部塗装も新塗装バージョンに変更されてます。

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(制作者あとがき)

本文では既存車両を大改造・・・と書いてますが実際は新造です。
乗降扉が1つだけの極短車両は,順じ淘汰されて行くという名目で作っています。
塗装もリニューアル車という事で,久しぶりの朱色と肌色のツートンが復活です。 
単端に似合うかな?とちょっと不安でしたが,案外と良い感じになりました。 

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その他の画像は  こちら で御紹介しています。


京津線アーカイブス

京阪電鉄京津線は嘗て京阪三条から分岐して琵琶湖の畔,浜大津までを
併用区間を含む地上線で運行されていました。1997年の地下化に伴い
現在は廃線となった地上区間ですが,今回はその一部の写真を御紹介します。

ks3

信号待ちで東山三条停留場に運転停車している準急三条行きです。
700形は乗降ステップが無いので,併用軌道上の停留場には停車
できなかった訳でして,当時はこの区間を準急で走ってました。
今となっては貴重な準急幕ですね。

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蹴上停留場に至る緩い坂を登る浜大津行き準急。付近には京都の名門
都ホテルがある場所です。現在はこの撮影を行った歩道橋も撤去されてます。

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 逢坂山の急勾配を登って,九度山駅に入線して来る準急三条行きです。
現在の線路跡には車道が拡張され,立派な歩道も整備されています。
峠の雰囲気自体は今も大きな変わりはないですけどね。

ks2

同区間を行く80型です。昭和36年に登場した80型は,現在も活躍する600形が
登場するまで京津線のエース的な存在でした。併用軌道上で扉が開くと同時に
ニョキニョキと乗降ステップが降りてくる光景が面白くて,よく見てましたっけね。
従来の京阪色(旧色)とは逆パターンの塗り分けも印象的でした。

ks1

地上時代の日ノ岡停留場に停車する80型です。
80型には行き先表示幕が無かったので,カンが取り付けられてます。
そういえば当時は四宮行きってありましたね~?

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山科駅付近の踏切を横切る80型です。

部分廃線になる事を聞いてからは,付近は凄い数の葬式鉄だったそうですが
私はそうなる前から,いそいそと撮影に出掛けてましたので妙な喧騒感もなく
極当たり前の姿を記録できました。鉄道ってのはやっぱり普段の姿が1番です。
本当はもっと沢山の写真がある筈なのですが行方不明なんですよ・・・
まさか当時はウェブやSNSに投稿するなんて夢にも思いませんでしたしね。

少ない記録画像ですが懐かしい姿を御紹介させて頂きました。
 

阪急じゃないけど阪急です(笑)

模型ではなく実物の鉄道を御紹介するシリーズ。
第2弾は兵庫県の川西能勢口から出ている能勢電鉄をプチ紹介します 。

noseden (1)

関西圏にお住まいの方なら誰でも知ってる能勢電鉄ですが
そもそもは霊峰妙見山へ参拝する為に作られた鉄道会社です。
開業は大正2年と古くその後紆余曲折を経て,現在は阪急電鉄の
傘下として運営されている鉄道会社です。通称は ”のせでん” 

noseden (2)

大昔は生え抜きの車両もあった様ですが,現在は能勢電鉄オリジナルの車両は無く
いつも阪急電鉄のお古を譲渡してもらって,当社仕様に改造するのが主なスタイルです。
しかしながら,ひと世代ふた世代前の車両が活躍していますのでオールド阪急ファンには
ちょっと懐かしい光景が見れるのも,この鉄道の魅力の1つです。

noseden (4)

noseden (5)

面白いのは一部に先頭車+先頭車のミニマム編成が在籍している事です。
本家阪急では本線では8両,10両編成が当たり前ですし,また支線に至っても
今津南線や甲陽線の3両編成が最短ですから,何とも不思議な感覚に陥ります。

noseden (6)

noseden (7)

また嘗ては能勢電鉄オリジナルカラーの車体もありました。
親会社である阪急との差別化を図ったものだと思うのですが
現在は保守や塗装の手間を考慮して全てマルーン一色に変更されています。

noseden (8)

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路線区間には幾つかトンネルもあって,本家阪急電鉄では有り得ない
”トンネルを潜る(元)阪急電車” が見れるのもなかなか興味深いです。

noseden (10)

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また能勢は風光明媚な場所でもありますので山や川,谷などを巡りながら
ちょっとした小旅行気分を味わえるのも,この鉄道の楽しいところだったりします。

現在も阪急から続々とお下げ車両が入線してまして,古いスタイルの阪急車両が
減って来たのがちょっと寂しい所ですが,それでも何となく長閑で心が落ち着く
この能勢電鉄は,私のお気に入り鉄道の1つである事に変わりありません。 


(注) 画像は4~5年前くらいのもので,現在の車両とは一部異なる所があります。
 

想い出の三木鉄道3 (最終回)

少し空きましたが三木鉄道の三部作最終回です。

miki3 (1)

miki3 (2)

前回御紹介した石野駅から2つ進んだ別所駅です。
始発の厄神駅からは5.3Km離れた場所になります。
駅舎は前回の石野駅と似た感じで,ここもなかなかの良い雰囲気です。
木造駅舎の羽目板などの経年した色合いが,いつも微妙で難しく思う私であります。
何気に置かれた花壇や,線路向かいギリギリまで迫った雑木林の配置が参考になります。

miki3 (3)

miki3 (4)

お次は高木駅です。ここも簡易的な対向式ホームがまるで模型の様です。
ホーム下の嵩上げした所や延長?した部分など,これもよく観察すると面白いです。

miki3 (6)

この駅の横には信号機があるのですが,楕円形ではなく長方形なんですよね。
私は他では余り見た事がないのですが,珍しい形態なんでしょうかね?
まぁ自作するには助かる形状ではありますけど(笑)。

miki3 (8)

いよいよ終点の三木駅ですが,途中でこんな美しい列車とのコラボが見られました。

miki3 (10)

miki3 (16)

さて終点の三木駅に到着です。構内は小規模な島式ホームが1本だけあって
御覧の様に2列車が停車できる様になっています(片方は待機車の様です)。
また本線の横には簡単な検査や洗浄などが出来る側線もあって
如何にも地方鉄道の行き止まりの終着駅といった感じですね。

miki3 (11)

またすぐ隣りにも使われていないホームもありました。貨物ホームの跡でしょうかね?

miki3 (13)

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miki3 (15)

駅舎の様子です。木造瓦葺の平屋建てで何とも味わいのある駅舎ですね。
昭和の頃はこういった駅舎など当たり前にあったんですが,今は都会はおろか
郊外でも余り見かけなくなった気がします。


さて都合3回に渡って御送りした,三木鉄道の様子でしたが如何でしたでしょうか?
2008年に廃止となって,気付いてみればもう10年・・・。
ええ?もう10年も経つのかぁ・・・と思う気持ちしか思い浮かびません。
廃止後には訪れてないのですが,随分と変わっちゃってるんでしょうねぇ?
見たい様な見たく無い様な・・・

御付き合い有難う御座いました。
 
来訪者さん
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